おもしろがっていきていく

目に見えない世界を日常生活に取り入れてリアルな人生を生きていく

理由を知りたい

自分がパーキンソン病と診断されて、もうすぐ7年になる。

診断されたことにより、症状を軽減させてくる薬が処方され、はじめは体も心も

随分と楽になった。心に関しては、「自分の体があきらかにおかしくなっているのに

理由がわからない」という恐怖がいったん解決したからである。

それから月日が流れ、薬も増え、副作用も増え、できないことが増える中で

ずっと私が考えていたことは

「わたしが、この病気になった理由はなんだろう?」ということだった。

目に見えない世界やスピリチュアルや、占いや、潜在意識のなんちゃら。。。が

好きで多くの本を読み、学んできた私にとって

「自分に起こるすべての現実は、自分が選んでいる。意味があって起きている。

これを経験する理由がある。」という考えは、なんの疑いもなくごくごく自然に浮かんでくることだった。

ただ、考えても考えても、「その理由」がわからなかった。

理由がわからないと受け入れられない。受け入れられないと、年月が経つにつれ、どんどんネガティブな考えに支配されていく。

このままじゃいけない。そう考えていた 2024年の年明け YouTube を見ていてある本の存在を知る。

わたしのこと

これから、過去の出来事と並行して、現在のわたしについて書いていきたいと思う。

 

「わたしのこと」

 

現在、わたしは51歳で旦那さんと息子13歳ともうすぐ16歳の猫と暮らしている。

 

まあごく普通の家庭だが、敢えて特筆するとしたら、わたしはパーキンソン病と診断されてもうすぐ7年になること。息子は小学校1年になったとき発達障害(自閉症スペクトララム)と診断され、現在は中学生になり、普通学級に通っている。もうすぐ16歳の老猫(雄)は今年の7月から歩けなくなり、下半身が動かなくなったため介護状態になった。毎日4〜5回は圧迫排尿といって膀胱を押しておしっこを出してあげなくてはいけない毎日だ。

ちなみに旦那さんはバツイチで、 成人し社会人になったお嬢と息子ちゃんがいる。

 

わたしは現在事務員として、月〜金で9時〜17時まで働いている。来年の2月で丸7年。パーキンソン病歴と同じだ。家から自転車で通えて、小さな事務所で事務員で女性は私一人。アナログな職場で一緒働いている人達はいいひとばかりで

とても気にいっている職場だ。

 

忙しくも日々いろいろなことを考えては、悩み、落ち込み、また立ち上がるリアルな日常を描いていこうと思う。

自分のためでもあるが、何か1つでもいつか誰かのためになったらいいなと願いつつ。

少しづつ書いていきます。

記憶8 事故 と 理想の結末

高校3年生の夏。夏休み。毎日きもちは全然癒されないまま、毎日図書館にかよい

受験勉強をする日々。ある朝、勉強しに出かけようとすると、別れた彼の妹から電話がかかる。 

お兄ちゃんが昨日の夜バイクの事故で今病院にいる。とのこと。

信じられなくて動揺する。親戚に送ってもらい病院へ。

病室で顔がはれて別人になって意識を失ってい彼と対面する。

わたしは公衆電話で今の彼女に電話をする。妹ちゃんは私を慕ってくれていて、今の彼女には連絡をしていなかったから。

これはファアではないなと連絡をした。冷静に今思うと優位に立ちたかったのかもしれない。

悲しい気持ち、絶望的な気持ちの中で、もう一人の私がもう苦しまなくていいと思っていた。

そして、悲劇のヒロインになりきっていた。実際の喪失感も本当の私で悲劇のヒロインになりきっている私もやはりわたしだった。友人たちが私をかわいそうだと 優しくしてくれた。

わたしの心はただただ絶望していた。

あの頃の私へ。

あなたはこれからもまた、恋をする。今は考えられないと思うけれど最高に幸せな恋も待っている。もちろん今以上にツライ別れもあるよ。でも素晴らしいよ.すべてが最高の思い出に浄化されていくからね、

 

 

 

 

 

 

 

記憶7  高校時代 と理想の結末

引っ越し先の家では父母の夫婦喧嘩がふえる。
夜中に二階で自分の部屋で過ごしていると、父と母が言い合っている
声が聞こえてくる。
「なんでこんな時にゴルフにいくの?」とか
借金のことについて。父の返答の聴いていると腹ただしくて怒りがわく。
そして言い合いを聞いていると不安になって苦しくなる。
聞いていないふりをして不安な気持ちで寝る。
意を決して、1階へ降りる。父に一言いわずにはいられない。
「お父さんの借金のせいで、私もお母さんも迷惑してるんやで。
少なくとも私は環境変わってしんどい思いしてる。
お母さんも借金のことで相当ストレス抱えている。
そんな中、お父さんが家族で居たいなら、ほかの家族の気持ちも
考えないとあかんで。逆切れしてる場合じゃないで。
これ以上家族の輪を乱すなら、出て行ってくれていいよ。
貧乏になっても、3人で楽しく暮らすわ。多額の借金作る父親と暮らすよりも
よっぽどまし。
私はそういう覚悟を持っているから、お母さんもそのつもりで今後のこと
考えてね。
もうすぐ高校卒業やし、そうなったら私も働いたらいいし!
そういうことで宜しく!」

 

 

 

 

 

記憶6   高校3年生と理想の結末

新しい家に引っ越し、しばらくはうまくいっていたが、彼と別れることになる。

悲しい日々の中、一匹の子猫が迷いこんでうちに毎日来ていた。

かわいくて癒されていた。毎日ご飯もあげてのに、ある日学校から帰ってきても猫が来ない。夕方になっても

夜になっても来ない。ベランダで猫の名前を呼ぶがいない。パニックになり泣き出す。

母が仕事から帰ってきてそのことを話すと、もしかしたら保健所につれていtかれたかもとのこと。

向かいの人が猫のことを聞いていて、保健所をよんだかもしれないと言い出す。あまりのショックで涙が止まらない。

自分は悲しい別れもしてまだ傷がいえてないのに、ねこちゃんまで奪うのかと。

母にいっていなかったひろぴーとの別れも話す。悲しい気持ちで暗いリビングにいる。

母からは、「出会いはこれからいくらでもある。もっといいひと絶対いる。話聞いててもおかあさんは

別れて正解やと思うよ。だから自信もって生きなさい。猫ちゃんもきっと飼い主のところに戻れたんよ。幸せに暮らしているから大丈夫。何一つ問題なし。」と言ってくれる。少し安心して、眠る。

 

 

記憶5 高校2年生ぐらい と理想の結末

団地での暮らしで父の借金が増えて、団地を売り借金を返すことになる。
今より離れた違う校区の一軒家の借家に引っ越すことになった。


今までの通学で一緒に通っていた親友と離れる不安、彼氏と離れる不安な気持ち。
彼とも 「離れたら不安や~バイク買って会いに行くけど」みたいな話をしながら過ごす。

親友からは手紙とぬいぐるみのプレゼントをもらいすごくうれしい。
いつもは自分の感情を出す人ではないので、離れて寂しいけど大丈夫みたいな言葉に
うれしい気持ちになる。

 

みんなと離れても一軒家で前より広い家に住めることや、友達を呼べることにワクワクする。


そして引っ越したことにより、今までとは別の新しい友達もでき交友関係も広がる。
親友とも、違うルートで帰りに何か食べて帰ったり、買い物したりして変わらず楽しく遊べる。

 

変化とは結果、可能性が広がるんだと思う。

 

 

記憶4 小学校高学年 と理想の結末

当時はなぜか女子の人気者的存在で、私の隣にきて歩くのがステイタスという変な感じだった。


4人組で特に仲がよかったがそのうちの2人がグループをぬけたいと言ってきた。
私は初めての出来事にショックを受ける。そのことばかり考えて、母に相談をする。


「グループわかれたくないんよ」というと、

「みんなと仲良くしたらいいんと違う?」といわれる。


グループに関係のない人たちもあの子が悪いとか、あの子は無視しようとか言ってくる。


わたしはそんなことしたくない。


意志を持って、淡々と毎日を過ごす。悪口に便乗もせず、だれかを悪く言ったり無視することもできなかった。

 

そうこうしているうちに、離れたグループの二人が戻りたいといってきて、その他の周りの女の子たちもなぜか合体し巨大なグループ化になる。友達も増え楽しくなる。


うれしいので「お母さんのおかげでみんなと仲良くなったよ。相談に乗ってくれてありがとう」とお礼を言う。

母もよろこぶ。