おもしろがっていきていく

目に見えない世界を日常生活に取り入れてリアルな人生を生きていく

個人セッション その11 ⑥ 5月21日㈬ 18:00~

先生よりあるクライアントの話

 

『50代半ば女性、外交官をしていた方で.海外を飛びまわっていた人の話。急に下半身が動かなくなり車椅子生活になった。海外は医療費がかかるので、日本に帰ってきて

大学病院を転々とするが、原因不明で個人セッションを受けに来た人の話。

「下半身動かなくなってっ自由に動けなくなった。自由になってはいけないという気持ちを隠していますね。」と問うと

「誰にも言ってなかったんですけれど。。。と若いころ2回中絶したことがあるという話をしはじめた。子供を下ろしたことに罪悪感があった。罪悪感ををもったまま、日本から逃げるように海外へいったのだった。

外交官として世界中を飛び回る中で、日本ももっとこうすればよくなるのに、、、と気づくことは多々あったがそれをどこかで発表することもないままだった。

それなんだか、気になりますね~と。

商工会議所を借りて「日本はこうやったら発展するとことを企業向けで講演会で発表することを提案。

すると、数か月後して、その女性から「数百メートルだが歩けるようになってきて、長い間歩いてなったので今リハビリに通っている」と連絡が入った。

 

つまりこういうことだったんですね、罪悪感を何とかしなさい。と日本に引き戻された。。もう一回やりなおしなさい。子供たちは自分の命をかけて

「お母さん、僕たち(私たち)はお母さんを自由にしてあげる。その代わり日本を発展させてよ」と伝えていたのでは?

でも、その子供たちの目的に思いに答えてあげられていないですよね。

「その思いに答えてあげられていないという罪悪感が原因です」

子供たちに「今までごめんね。日本を発展させていくためにやっていくからね。」と話しかけ、行動に移していった。

すると、脳は「本気なんだね」と認識してからだも動くようになってくる。』

 

その話を聞いて、わたしはふと思い出す。

 

「(今年の5月に、肩や腕のひどい神経痛が始まって、その痛みを抑えるための薬をのむときに、胃があれるといけないからと一緒に出された胃薬が、パーキンソン病の薬と相性が悪く、体が動かなくなってしまった。何時間たっても薬を飲んでも飲んでも効果がなく、トイレへもひとりで行けなくなった。ごはんも食べられず、ガリガリに瘦せてしまった。)

 

「先生わたしね。今回体が全然動かなくなって、今まで不自由なりにも動けていたことにすごく感謝したんですよ。心から内なる自分とやらにも、表の自分?にも「ごめんね。こんなになってしまって。ここから必ず切り替えていくからね。」と謝ったんです。これははじめての経験でした。』

 

『謝るためにそういう状態に持って行ったんでしょうね』

 

『理想はオーストラリアや、ハワイなど、自由を感じられる国へ行くのがいいでしょうね。体が動くのであれば。海外と日本の違いを客観的にみて、心を自由にするということをテーマにしていく。。。。一回海外にいつ頃行くぞと計画するのもいい。病気が治ってなくても。』

 

『心を自由にしていく。面白がって生きていく。。。それを体験し、シェアしていくことに命を使っていくとして、こういうことが引っかかってきそうだな。こういうことおきてほしくないなということはありますか?』

 

「好きなことをしていくと、そんなうまいこといかないやろと思ってきてしまう。罪悪感というか。。。。

罪悪感、それは学生のころからあった気がする。

楽しいことばかりやってたらあかんで。みたいな。」

 

『それはどこからきている罪悪感なんですか小さい?小さいころ、そんなことを言われた記憶はありますか?』

 

「ないんですよね~割と自由な家だったし。でも、母のマイナス発言には少なからず影響を受けているような気がする。

具体的にはお父さんとお金のことでもめていたので、父や姑の悪口や、、、お母さんはこうしたかったけど○○のせいでできなかったという話。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しょ?』