『これはもう普通の話で、両親がお金に困っているのに自分だけ稼いで お金を使うというのは子供も気を使いますよね。
そのころの両親に、お金の使いかたについて「私はこう思う」ということを伝えるとしたら何ていいますか? 両親に「お金を使う本来の目的を見直してみない?」と話すとしたら、なんて言いますか?こういう目的のためにお金をつかおうと思うという話を
両親にするとしたら、なんていいますか?』
「お金は 自分の楽しみや喜びのために使うものじゃない?
わたしは心を自由にするためにお金を使おうと思うんだよね。借金してもめたり
借金を返すためのものではないよね」というような話をすると思います。
『自分の楽しみのためだけにお金を使うと罪悪感がでてくる。自分がお金を使って色々な体験をすることによって、いろいろな気付きを得てそれを世のなかに還元していく。人を元気づけたり喜ばせたりすることで何倍にもなって帰ってくる。そうして使ったお金を循環していくんです。どうしてお金は使えば使うほど、集まってくるという前提にしないのかということです。お金だけじゃなく、自分の楽しいことばかりをしていると罪悪感が出てくる。罰が当たるみたいな考え方の人も多いですが、それも、自分のためだけにやっているとそれが出てくるんですよね。自分が楽しいこと、好きなことをしてそこで得たものを世のなかに発信していく、還元していく。人生楽しむこと=罪悪感みたいな人が、日本人には多いじゃないですか。それが、日本人の幸福度を下げている原因ですよね。楽しむ目的が間違っている。人生を楽しむのは、自分のためであり、世の中の人のためであり、わたしたちのにためであるということ。わたしのためだけだと罪悪感につながるんです。デンマークなどの幸福度の高い国の人たちは仕事や、人付き合い、楽しむことについても社会への貢献欲求が高い。仕事に関しても、お金を稼ぐことだけじゃなく、社会を良くしていくため、それによって喜びがある。仕事をすればするほど喜びで満たされていく。楽しむ目的が、自分のためだけではなく、わたしたちのためなんですよね。
あと、それによく似た感情で(人の役に立ちたい)という感覚がありますが、日本人に多いのは「ダメな自分を見返してやりたい、ダメな自分を覆したい、だから人の役に立ちたい」となっているひとが多い。人の役にたつことで誰かに自分を認めてもらいたいという感覚。それに対してデンマークの人達は純粋に貢献したい、貢献することが自分の喜びになっている。』
「同じ役に立ちたいという欲求も、純粋にそれが自分の喜び=自分軸なのと、
誰かに自分を認めてもらいたい=他人軸、他者基準との違いですね。」
『自分の心を自由にしていく、や自分の思いを本にしていくなかで、この先ネックになりそうなことは何かありますか?』
「人から批判されること。出る杭は打たれる、表に立つと敵が増えるな。などが怖い
どこかで目立たないようにやるほう方法がないかと無意識に思っている。」
『それはもう選択するところ、覚悟決めるところです。陰でひっそりやるのか、表に出てブイブイいわすのか。批判や妬みはやっていく中で当然あるでしょうけれど、そこで怖気づいてしまうと、おもしろがって生きていくとか、心を自由にするといいながらやらないの?話違わない?となる。それでもやるかい?と脳は本気度を確かめてくる。
批判などを怖がって自分を止めてしまうと病気なんて治りきらずに終わっていくでしょ
うね』