~批判されることについて~
①ナインティナインの岡村さんの話
ある日、ブログを書いて大炎上してしまい楽屋で落ち込んでいた。
和田アキ子さんがそこを通りかかってその話をしたら、大説教をされた。
「フアンしかいないは三流。一流はフアン半分、敵が半分なんや。
お前はどっちになりたいんや~!」と言われて目が覚めたとのこと。
②先生自身の話
「私も言葉で癌をやめさせるというのをやりはじめて、実際に
癌をやめる人が出てきた時に、わたしは製薬会社やお医者さんにとっては
敵なわけですよ。患者さんからみたらいい人なわけですよ。
同じことでも、見る方向によっては敵にも味方にもなるものなんです。
例えば町に大きいスーパーができるとなって、うれしいと思う人がいる反面
ちいさい商店の人にとっては困るとなる。どっちからみるか。
③誹謗中傷を書き込む人に対して
「ご批判ありがとうございます。このコメントは、私の講座の「妬み」の教材に
させていただきたいので、スクリーンショットで掲載させていただきます。ご意見
ありがとうございました。」と返信すると自分でコメントを消しに来たという話。
余裕があるうちに、批判対策をつくっておくといい。
「そういえばわたしはずっと昔から、「自由になりたい」と思っていた。
全然自由なのに、「自由になりたいな~」と思っていた。
そう思って生きてきたら体が不自由になってしまった。
心が自由になるというのが、わたしのテーマなんだと思います。」
『「〇〇さんってこういう人ですよね」とレッテル貼られることが
不自由さを感じる原因。苦痛を感じる原因になることが多い。』
「わたしは金髪にするのが夢なんです。一度はやってみたい。でも、
〇〇さんどうしちゃったのと言われるのが目に見えているし、怖いし恥ずかしくて
できないんです。でもしてみたい。」
『それでも、私はこういう目的で金髪にしてみたんです、あなたもやってみたら?
おもしろいですよっとかでいいじゃないですか?』
「やっていくこととしては、テーマに沿ったことをことを文章にしていく、海外にいく計画をたてる。海外の人たちについての本を読むのもいいですよね。人の心の部分、精神的な部分が知りたいし、好きなんですよね。」
『それに、今日話していたような、心を自由にしていくために、おもしろがって人生を生きていくために海外にいくというのはなるほどと思いましたね。これだ!とピンときました。ただの趣味の延長ではなく、おもしろがって生きるため、心を自由にするために海外へ行くというのは、やっていったらいいと思います。日本の旅行でも地域によって文化の違いがありますし。大阪だとオチつけなきゃ。。。津京だと標準語話さないきゃとかいうしがらみで不自由を感じている人もいるでしょうし。そういう文化の違いを書いていくのもいしぇあいと思います。そして、心を自由にしていくために、色々なことが起きてもおもしろがって生きていく術、ノウハウをシェアしていくのが大きなテーマでしょうね。それをやっていくことによって、新たな気付きや処理しなければならないことが見えてくるでしょうし。基本的には自分のことを信じきって、大丈夫、わたしは何があってもおもしろがって生きていくからという感じで。頑張って下さい』
その後メールにて聞き忘れたことを質問
「今回体調を崩し、会社を1週間休みました。体調を崩したことに意味があると思っているのですが、内なる自分が「もうそろそろ本気出しなさいよ」と仕事をやめて、新しいことに100%チャレンジしろということなのかな?日常の60%以上を行動に移すということはそいうことなのかな?という見解についてhはどう思いますか?」
『わたしも同じ見解です。「自由さを創り出すために、時間も労力も使っていってよ~』
というメッセージのように思います。』
おわり